心もお腹も満たされたホームステイの日々。 楽しみにしていたミリアママの料理教室は集中力とイタリア語の戦いとなった。料理はタイミングが命、それに料理教室といっても材料や調味料はミリアママが今まで培ってきた主婦の‘カン’とやらの目分量なので、私は見ただけで瞬時にその分量を判断しなければならない。ミリアママは何度も「occhi occhi」(目でしっかり見て!)と繰り返した。 私のレシピ用ノートは、焦って書いた意味不明なカタカナ混じりのイタリア語の作り方と、私にしか判別できないであろういたずら書きのような挿し絵で一杯になっていた。でも料理と言う共通の話題があったおかげで会話は弾んだ。日本とイタリアの食文化の違いでかなり盛り上がり、それがなにより私にとって楽しい時間となった。 ミリアママはとにかく料理を楽しそうに作る。セルジオパパも料理好きでとくに魚料理が得意らしくトスカーナ名物『Cacciucco』や『Zuppa di pesce』などの魚のスープ料理になると飛び入り参加で料理の先生になってくれた。ミリアママは味見をしないのが信条だったが、セルジオパパは「味見、味見」と言っては嬉しそうに鍋を覗いた。「味見し過ぎよ!」とたしなめられては照れ笑いする姿が微笑ましかった。 料理を楽しみながら作るふたりを見ているとこちらまで幸せになれた。その上おいしいのだから何も言うことはない!「Buono!」(おいしい!)というみんなの言葉を聞いた時のミリアママの嬉しそうな笑顔。私は「Buono!」(おいしい!)を連発するたびに体が重くなると感じつつも幸せのレシピが増えるなら「Non problema!」(問題なし!)と言い聞かせた。 私がオーダーした食材ピッチョーネ(鳩)料理が登場したのは3日目だった。後から聞いたのだがミリアママは実は鳩があまり好きではなかった。現に鳩の肉は一切口にしなかった。私が「オーダーしてごめんなさい。」と謝ると「いいのいいの!セルジオは大好きなんだから!」確かに、セルジオパパは鳩の煮込み料理をホントにおいしそうに食べていた。 味はというと、一緒に煮込んだみじん切りの野菜やハーブ類の効果なのか肉に全く臭みがなく想像していたよりずっとおいしかった。でもそれ以上に絶品だったのは鳩を煮込んだブロード(煮汁)で作ったリゾットだ。ブロードに水と米、それに細かく切った鳩の肝臓と心臓を加え約1時間半ほど煮込み、食べる時にパルミジャーノチーズをかけていただく。いろんなエキスが相まってこれはもう言葉に出来ないおいしさだ!お代りしたのは言う間でもない。 フィレンツェのホームステイの間に私はひとつ歳をとった。偶然にも娘シルビアの恋人マルコも同じ日が誕生日で、それを知ったミリアママとセルジオパパから誕生日の朝プレゼントをいただいた。それは素敵な宝石箱だった。予期せぬ出来事にまたもや涙腺が緩む。 ミリアママお手製の誕生日ケーキはシルビアとマルコと私の3人で飾り付けをした。台所にある季節の果物を使ったのだが、今ひとつ地味な彩りに「この辺りに赤い色が欲しいね!」と言い合いながらきょろきょろと赤い色の果物を探す。3人の目線が一瞬小さなポモドーロ(トマト)に集まり、その後「いやいや、それはない!」と顔を見合わせ大笑いになった。 フィレンツェ滞在中毎日ミリアママとセルジオパパのお勧めの街やフェスタ(お祭)、キエーザ(教会)などのスポットを訪れ、戻るとすぐにミリアママの料理教室が始まり、そして家族皆でそれを食しながらその日のこと料理の事などいろいろなことを夜遅くまで話した。肉体的にちょっぴり辛い日もあったが、最後の頃はまるで疑似家族のように思えて“イタリアに暮らす”という今回の旅のテーマも少しだけ達成できたような気がしている。 「次はいつフィレンツェに戻ってくるの?」ミリアママの口癖のようなこの台詞は、私の出発日が近付くにつれ増えていった。ハッキリいつ戻ると言えないもどかしさ・・・。 でも結局家族の温かい人柄が忘れられず8ヵ月後再び皆と再会することとなる。折も折りドイツでサッカーワールドカップが開催されている時だ。イタリア代表チームの快進撃のおかげで、日本代表のドルトムントでの悲惨な敗戦の心の痛手も少しは慰められた。その時のフィレンツェの家族との熱きサッカーTV観戦の話はまた追々・・・。 今年も密かに旅のテーマを決め、心躍る旅に出たいと思っている。 (完)