導かれて辿り着いた!?サン・フランチェスコ教会 ペルージャから城壁に囲まれた町コルトーナへは、まずはトレノ(電車)でイタリア半島で一番大きなトラズィメーノ湖を車窓から楽しみつつTerontora Cortona駅まで行き、駅前から町の入口にあるガリバルディ広場まではバスを利用した。 私はそのガリバルディ広場から左手にあるチェントロ(中心地)には向かわず、反対方向の城壁に沿って上る見晴らしの良いサンタ・マルゲリータ通りを進んだ。この道は急な坂道と階段ばかり、日頃の運動不足がたたって最後は息も絶え絶えになっていた。やっとこさこの細い階段を上りきれば聖マルゲリータの墓所に着くぞ!と天を仰ぐと「えっカメラ?」。カメラを向けられると反射的にスマイルしてしまうのは、人間の性か私の性か? ついに階段を上りきり、カメラを持った男の人と隣に寄り添うように立っている奥さんらしき人に、改めて会釈した。微笑みながら英語で話しかけてきた彼らに、私はまだ息を弾ませたまま「疲れますね?」、奥さんがちょっときまり悪そうに車を指差した。 彼らは「その先まで行くととっても景色がきれいだよ!」としきりにもっと上に登るように勧めるので、私は彼らに別れを告げ、息を整え再び上を目指して歩き出した。 彼らの言う通り、さらに上にあるメディチの要塞に行く途中の坂道からは、トラズィメーノ湖を望む雄大且つ素晴らしいパノラマを見ることができた。そしてチェントロに向かう途中、方向音痴の私がどこを歩いているのか心細くなっていた時、私はもう一度彼らと遭遇する。 クラクションの音で振り返ると、さっきの夫婦が車の窓から手を振っていた。すれ違いながら私も大きく手を振った。少しだけ心細さが消え、体が軽くなったような気がした。 脇道に大きくそれたので長時間の散策となってしまった。どうにかこうにかチェントロ近くまでは戻って来たはずだ。自分の居場所を確認したくて、私は目の前に現れた教会に入った。 教会内は人の気配はあるものの誰も見当たらない。教会の名前がわかるものを探してキョロキョロしていると、奥の方から牧師さんが出てきて、穏やかな笑顔でここはサン・フランチェスコ教会だと教えてくれた。そしてイタリア語が少し話せるのを知ると「こちらへどうぞ。」と手招きをして、ゆっくりとした口調でこの教会の説明を始めた。その日はちょうど聖フランチェスコの勉強会ということで、祭壇脇の奥の小部屋には多くの信者が集まっていた。 その牧師さん曰く、アッシジにあるあのサン・フランチェスコ聖堂に次ぐ、聖フランチェスコゆかりの教会がここサン・フランチェスコ教会で、約800年前にフランチェスコの同志によって建てられたのだそうだ。フランチェスコはアッシジ生まれと言われているが、彼の家族はここコルトーナで生まれ、家族の墓は今もこの町に残っている。 私のような信者でもない一観光客に対しても、始終微笑みを絶やさず話続ける牧師さんを見て、聖職者たる者の人柄がよくわかったような気がした。 彼は次に教会の隅に置かれた小さな陳列ケースを見せてくれた。着古した聖職者の服と古びた枕、そして一冊の使い込んだ聖書がそこに並んでいた。「これらは聖フランチェスコが死ぬ時まで使っていたものです。」見るからにフランチェスコの清貧の精神が蘇るような品々だった。 偶然行き着いたこの教会で、私が目にした貴重な品々について、ガイドブックには何ひとつ書かれていない。それどころか教会には見どころマークの星さえも付いていなかった。 牧師さんは、この日はフランチェスコの勉強会と言っていたから、もしかするとゆかりの品々は特別に見せてもらえたのかもしれない。だとすれば、やはり導かれてここに辿り着いた!? この後またもグッビオの町で、今度はオオカミに導かれ?お茶目なフランチェスコに出会うことになる。(続)