焼肉の呪縛
私が夫と別れてから6年。現在息子は第二反抗期まっただ中の15才になった。その6年間でどうしても出来なかったこと・・。
一、男の人との恋愛。
ニ、今より条件がいい就職。
三、息子とのふたり焼肉。
私にとって女一人の焼肉はできても、息子とのふたり焼肉はどうしても出来なかった。
焼肉屋で焼肉を食べることなんて、第三者から見ればごく自然に見える母子の食事風景なのかもしれない。でも、心の奥底に常に父親がいないという負い目が付きまとい、気にしなくてもいいはずの他人の目に常に怯えていた。
そして肉好きの息子が「焼肉食べに行こうよ」と言う度に、「家で食べればいいでしょ!」とかたくなに断り続けた。
そんな私を息子はどう思っていたのだろう?
無事息子の高校入学が決まったある日、
「剛おめでとう!よく頑張ったね。入学祝い何がいい?」
「うん、腹一杯の焼肉。近くに焼肉屋できただろう」
声変わりもとうに終わり、太く低い声でぶっきらぼうに息子が答える。
「・・焼肉・・。焼肉なんかでいいの?」焼肉なんかで・・と言ったのは私の強がり。本当は焼肉以外の答えだったら何でもいい、そんな思いで付け加えた一言だった。
「焼肉がいいよ!」
「そっか。じゃぁ今度の日曜日に食べに行こうか」
ごく自然に言ったつもりだったが、ちょっぴり声が上ずっていたかもしれない。『もう逃げられない、もう避けちゃいけない』もう一人の私がそっと呟いていた。
来ないで欲しいと願った日曜日はあっという間に訪れた。焼肉店で、回りを気にしてそわそわしている私に息子が気付いたかどうかはわからない。息子はただ黙々と肉を焼き、口に運んでいた。
「母さんも早く食べないと焦げちゃうよ」
「えっ、そうね焦げちゃうね。剛おいしい?」
「うん。うまいよ」
いつものぶっきらぼうの太く低い声。6年という時の流れが男っぽく成長した息子と重なり、ひたすら肉を食べ続ける息子を見ていたら、なんだかすっーと気持が楽になった。
「ねぇ肉追加していい?」
「いいわよ!剛の入学祝いなんだから、一杯食べてね」
きっと今私達は仲の良い母子に見えているんだろうな。そんなことをふと考えた。
六年間封印してきた息子とのふたり焼肉を解禁した日、私の中のかたくなな何かも解き放された。
あの日からしばらくして私は履歴書を書いた。明日面接が待っている。6年間でどうしても出来なかったことの二つ目。今より条件がいい就職をすべく、私は動きだしたのだ。
「ねぇ剛、母さんの就職が決まったらお祝いに何か食べに行こうよ。何がいい?」
「焼肉」息子は相変わらずぶっきらぼうだ。
私は二人焼肉の呪縛に取り付かれ、成長期の男の子の半端じゃない食べっぷりをすっかり忘れていた。父親譲りのがっちりした体格と見上げる程に成長した背丈。この前の焼肉の金額たるや・・。
『息子のこれからのためにも、財布の紐はしっかり締めなくちゃ。それに・・男の人との恋愛に向けて、私もちょっぴりオシャレしたいしね!』
「焼肉?焼肉だけは絶対にダメ!」
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