最後のメッセージ
「もしもし僕。今渋谷。仕事終わったから、これから帰るね」
『このメッセージを保存する時は1を、消去する時は9を押して下さい』
××××
『メッセージを消去しました』
夫が亡くなって三年目の夏、私はやっと夫にさよならを告げた。
この短いメッセージが保存されているのに気付いたのは、夫が亡くなってから二ヶ月が過ぎた頃だ。偶然出会ってしまった夫の声に携帯を持つ手は震え、胸の中に言いようのない痛みが走った。
そしてあんなに泣き続けたというのにまた涙が溢れ出し、しばらくは止まらなかった。
とてつもなく大きな悲しみで溢れる涙は、こんこんと湧き出る泉のように途切れることはなく、生暖かい涙が流れ落ちる感覚は、亡くなった者には申し訳ないが、今まさに自分が生きているという証のようだった。
あの時、もう二度とこのメッセージは聞くまいと心に誓った。それなのに・・。
あの突き刺さるような痛みを伴う悲しみを思い出したくなくて、このメッセージは二度と聞くまいと心に誓ったのに、「ボタンを操作すれば、またいつでも夫に会える」そう思うと、不思議に落ち着く自分がいた。だから三年間、ただの一度も聞くことなく放置していたにも拘らず、さよならを言わずにいたのだ。
今私の手の中には、真新しい携帯が握られている。覚えきれない程の新機能がたくさん付いている携帯。たった三年・・たった三年で携帯はこんなにも進化した。私は外見こそ年を重ねたが、あの日から何かが止まったままだった。
今思えば偶然保存されていた夫のメッセージは、私が進化するための大切なハードルだったのだと思う。
三年経ってやっと乗り越えられる高さに感じられるようになった今、止まってしまったその何かを再び動かす為に、私は夫にさよならを告げた。
あの偶然は夫が私にくれた、「がんばれよ!」のメッセージだったのかもしれない。
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